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2008年12月13日 (土)

入れ替え戦

J1ジュビロ磐田 vs J2ベガルタ仙台

とてもいい試合でした。普段のJリーグにはない緊張感がたまりません!

結果的には磐田が残留を決めました、仙台も最後までチャンスがあったけど・・・

前半決定的なビッグチャンスを外した仙台のナジソン。

後半ロスタイムラストワンプレーの川口のファインセーブ。

結局そういうとこなのかね~と、思ってしまう。

試合後仙台サポ泣いてました。

自分ももらい泣きしちゃった(笑)

名波浩お疲れ様でした。。。

2008年12月 7日 (日)

よくがんばった

本山 命懸け連覇! 鹿島史上初2度目…J1最終節

連覇を達成し、Jリーグ杯を掲げる新井場(中)ら鹿島イレブン

 ◆J1最終節 札幌0―1鹿島(6日、札幌ドーム) 鹿島が前半35分、MF野沢拓也(27)が決めたゴールを守り切り、1―0で札幌を下して2年連続6度目のリーグ優勝を飾った。チームを支えた元日本代表MF本山雅志(29)は今季、先天性水腎症を発症したが、手術を延期して出場を続けていたことを告白。本山は自らの命を懸けて、J初となる2度目の連覇に貢献した。今月中に手術を受けるが、復帰までには3か月以上かかる見込みで、来季の開幕は絶望となった。

 走る力も残されていなかった。優勝の瞬間、MF本山はベンチからゆっくりと歓喜の輪に歩み寄った。DF内田、MF野沢と静かに抱擁を繰り返す。「本当に苦しかった。優勝で報われた。うれしい。よく体がもってくれた」涙はない。安堵(あんど)の笑みを浮かべだ。

 今季開幕後の3月、腹部と腰に鈍痛が走った。チームドクターの診断は先天性水腎症。生まれつきの病気が突然、発症した。「どうしたらいいのか分からなかった」最悪、腎不全の引き金となる大病。選手生命どころか、生命の危機を意味する宣告だった。

 排尿がうまくいかないため「水分摂取」が制限された。手術は延期できても、試合中も汗を出す分だけの水しか口にできない。食事も制限された。フル出場は許されない体となり、途中交代が増えた。だが、オリヴェイラ・サッカーは、本山の機動力なくしては成り立たない。チームの精神的支柱でもある。「迷惑はかけられない」指揮官とフロント上層部には報告したが、チームメートには口をつぐんだ。

 試合中も痛みは襲った。負傷のふりをして倒れ込み、痛みが引くのを待ったこともある。MF小笠原が9月、MF中田が10月に離脱。同期の主力が倒れ「休むわけにはいかない」という気持ちが強まった。ジーコ氏、ビスマルク氏と受け継がれた背番号10の意地だった。

 延期していた手術は今月中に受ける。狭まっている尿管を切断し、正常な尿管同士をつなぎ合わせる予定だ。復帰まで3か月以上を要する見込みで、来季開幕は絶望的だ。たとえ復帰しても、これまでのようなプレーができるとは限らない。「手術するからといって、良くなるとは限らないらしい。治るとは限らないといわれた。僕は退化していきます」本山は寂しげに明かした。

 この日の札幌戦では、優勝への重圧の中で技術を詰め込んだキープとパス回しで、交代する後半29分まで水もほとんど飲まずに奮闘した。前半35分、MF野沢の決勝弾で快勝。ようやく打ち明けられる。命と引き換えに連覇に導いた本山は、いつまでもピッチで喜びに浸っていた。

 ◆鹿島アントラーズ ホームタウンは茨城・鹿嶋市など5市(大東和美・代表取締役社長)。1947年に住友金属工業蹴球団として創部し、91年のJリーグ加盟時に鹿島アントラーズに改称。96年にリーグ初優勝を果たすと、00年にはナビスコ杯、天皇杯との年間3冠を達成。08年のリーグ制覇でチーム通算12個目のタイトル獲得となる。チーム名の「アントラー」は鹿の枝角を意味し、茨城県の鹿島神宮の鹿にちなんだもの。チームカラーはディープレッド。

 ◆先天性水腎症 生まれつき尿管が狭く、排尿が正常通りにできないため、腎臓に水がたまる症状。腎臓が膨張し、腹部や腰を圧迫して痛み引き起こす。悪化すれば腎不全にもつながる可能性がある。およそ600~800人に1人がかかる病気。完治は難しい。水分摂取の制限、食事制限などが課せられ、サッカー選手としては致命的ともいえる。

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